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映画監督 転職成功物語
美術業のかたわら、脚本を執筆し続けて
Fさんは、もともと映画制作会社の美術スタッフとして働いていました。もとより、映画好きでこの世界に入り、6年。書くことも好きで、同社で短編の映画の脚本を手掛けるようになりました。 「映画監督に転職したのはどういう経緯をたどったのか」という質問に対しては、「いつからどうやって転職したのかははっきりしていないんです。脚本を手掛けだすと、仕事を依頼されるようになり、いつのまにか現場で知り合いの映画監督の助監督兼脚本家として働いていて、2年ほど前に初監督作品をだすに至ったんです。チャンスは人が運んできてくれました。」という何とも幸運な方、Fさん。
人がチャンスをくれたといいますが、お話を伺うと人並み以上に作品作りの努力をされています。 美術業のかたわら、脚本を執筆し続けて、まずは知り合いの映画制作関係者にどんどん読んでもらったそうです、 そういう売り込みを2、3年続けていると、Fさんの才能を買ってくれる人がでてきて、最初の脚本の仕事にありつけたのだとか。
「映画監督に転職するには、ある意味長—い転職活動が待っていることを覚悟しておいた方がいいですよ。なぜなら、転職するためには、それなりの実力を作品で見せていかなければいけないし、周りの人々とも関係を作っていかなくちゃならないので。それに、本当に映画監督になれるっていう約束はないので。よっぽど映画が好きで、これしかないんだ!っていう気持ちがまず大切ですね。」
—なるほど、地道な活動で確実な成功を手にしたFさんだからこそのアドバイス、ぜひ参考にしてみましょう。
伝えたいことがあるから映画を選んだ
Hさんが映画監督に至までには実にユニークな経歴をたどっています。フリーの編集者兼ライターとして雑誌関係の業務に携わった後、プロダクションを設立して数多くの俳優のマネージャー業をしていました。そして、テレビ番組の企画制作会社を設立し、テレビプロデューサー、ディレクターとして多方面で活躍。その後、どうしても映画化したい作品があり、企画を持ち込んで映画監督デビューを果たしたそうです。
Hさんの経歴をみると、びっくりするぐらいに輝かしいのですが、それらの経験を終結したものが、「映画監督」だといいます。デビュー作品の内容は、痴呆症の母を介護するというものなのですが、実生活でHさんは痴呆症の母親を持ち、介護とむきあってきたため、リアルに描くには他に人選はありませんでした。「伝えたいことがあるから、映画を選んだ」という真摯な態度です。
映画監督には、もしかするとHさんのように人生の中で自身が経験したことが活かされる場合もあるのでしょう。そういった意味では、喜怒哀楽、日々感じるどれもが映画監督としての肥やしとなり引き出しとなるのではないかと思います。
さまざまな仕事をとおして全国の地域の人々と出会いを重ねることで、人間として、そして行き着いた映画監督としても興味深い存在となったHさん、映画監督に転職するべくしてなったという運命的なものすら感じます。
どうしても映画化したいキャラクターがあった
Tさんは、もともとTVディレクターとして活躍していました。ディレクターをしながら、どうしても映画にしたいというキャラクターが彼の中にあり、それを10年近くも自分の中で温め続けていたそうです。 某シネマフェスティバルにそのキャラクターが主人公として描かれた作品でもって応募し、見事入賞。 映画監督としてデビューを果たしました。
そのキャラクターは、Tさん自身とも重なる部分があるそうです。「平凡な片田舎で平凡に暮らす男なんだけど、ある出来事をきっかけに今まで気づかなかった大切なことに気づいていく」というストーリー。 どこかコミカルなタッチで描かれていて、見る者を温かい気持ちにさせてくれます。
同作品の脚本もTさんが手掛けられたそうです。脚本を書くときは、ピンとくる人名を紙にまず書いて決めるそうです。どこにでもいる人という設定で書いた本作品には、どこにでもありそうな名前からまず考え出したそう。映画化されるにあたり、ディレクター時代に関わったことのある役者の名前が映画プロデューサーのすすめで採用することになり、そこでも縁を感じたそうです。
予想以上の豪華なキャストで受賞作品の映画化を見事実現させたTさん。これからも、描く人物のキャラクターを自分の中で温めて、世に送り出していきたい!、と意気揚々の様子です。

