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作詞家の現状

作詞家の現状

今日、作詞家という肩書きをもったひとはJASRAC(日本音楽著作権協会)によると、数千人といわれています。しかし、作詞家だけで食べることができている人となるとその数はグンと減るのではないでしょうか。 作詞家としての仕事の依頼はアーティストとレコード会社ありきですので、そのスケジュールにより左右されるのが現実です。作詞家だけで暮らしていくことができている人たちというのはかなり幸運であるといえます。

作詞家にとって、このように厳しい現状が続くにはもうひとつ理由があります。シンガーソングライターやアーティスト自身が自ら作詞、作曲を手掛けるという風潮がある種のトレンドとなっているため、昔ほど、作詞家単体でのニーズが少し減少しているからです。

かといって、作詞家の活動の場は多くあります。子ども向けのアニメソングしかり、演歌しかり、何もポップスだけがすべてではありません。いってみれば、ポップス以外の方が作詞家のニーズは今多いのかもしれません。 売れっ子の作詞家というと、阿久悠さん、秋元康さん、阿木曜子さんなどがあげられますが、彼らが登場した時代というのはまさに作詞家が求められている全盛期でした。ですから、ひとつヒットを飛ばせば、そのあとにはどんどん仕事が舞い込むシステムになっていたのです。彼らに続く次世代の作詞家が登場してくれればいいのですが、この現状は今のところ少し続いていくとみえます。

 

作詞家~1毎のCDがリリースするまで

あるアーティストがデビューする場合を例にお話ししてみましょう。 まず、アーティストの所属するプロダクションとレコード会社が打ち合わせをします。 どういう方向性で売り出すのか、そのためにはどんな楽曲がいいのかなどということです。発売日が決まったら、その10ヶ月ほど前に契約を結びます。 ここから、曲の制作依頼がはじまります。作曲家、作詞家にアーティストのイメージ、そしてもっていきたい方向性を伝え、リスナーの対象年齢をもとに曲の構成をアーティストの音域に合わせて考えていきます。 楽曲が出来上がると、最後の仕上げとしてマスタリングという作業があります。

ここで、エンジニアやアレンジャーが関わりCDの音源は完成します。 次に、CDジャケットの撮影をし、宣伝、販売促進の活動のスケジュールを立てて、発売日に備えます。 何枚ぐらい売れるのかという見込みを立てて、CDを生産し、ようやくデビューとなります。CDが発売されてからの1週間〜2週間及び発売前はアーティスト自身がさまざまな場に登場してプロモーション活動をします。これにより、世の中に認知され、リスナーの手へと渡っていくのです。 たとえ、シングルカットのCD一枚であっても実にこれだけの多くの手間ひまをかけて作られているということがおわかりでしょう。

 

作詞家として作詞するノウハウ

作詞の作業に入る時、どこから書いてもかまいません。やり方は人によって様々ですから、出だしからやらなくては!とこだわっていては、締め切りに間に合わないなんてことになります。曲のイメージをもとに作り出してもいいし、メロディを聴いていてふと浮かんだ言葉をキーワードにしていれていってもよいでしょう。直感で、その時感じたことを切り取って曲の中に盛り込むのです。これは、瞬間芸ともいえるでしょう。

年数を重ねてやっていくうちに、どんどん磨きはかかってくるでしょう。もちろん、継続して仕事を依頼されなくてはなりませんが。 要は、入りやすいところから自分で入り口を見つけて曲の中に入っていくということです。楽曲という制限のある中でどれだけ濃度の高いストーリーを生み出せるか、それが、曲がヒットするか否かにもかかっています。
また、作詞している間、実際に口ずさみながら書いていくとイメージがさらに湧いてきて効果的だと思います。 一度、書き上げたら少しねかせて第3者の視点から見直すことをおすすめします。 制作中にはいいと思ったけれど、出来上がってみたらなんだか筋が通っていないなあとか、これはいい、などと新たな気づきがあり、修正できるからです。 また、他のスタッフとのからみで、幾度も修正することも頻繁にあるので根気強くいきましょう。

著名な作詞家たちの歩んだ道

阿久悠

日本で最も有名な作詞家として、阿久悠さんという方がいました。残念ながら、今年の夏に亡くなられたのですが、作家としても活躍しながら、昭和という時代に数々の名作を残してきた人です。ピンクレディーから、沢田研二など、歴代に残るスターたちのほとんどに作詞をしてきたと言っても過言ではないでしょう。

彼が作詞をする時には、2時間1曲というスタイルだったそうです。その2時間でひらめかなければ、潔く中断して、別の仕事に取りかかるというのです。なぜなら、だらだらとやっていてもその時にできなければ、今はだめだからということなのだそうで。

阿久悠さんは、もともと作詞家を志していたわけではありませんでした。長年、サラリーマンとして会社勤めをし、そのあとマスコミ業界に転職し、はじめは構成作家をしていたそうです。そのうちに、作詞を手掛けるようになり、なんだか気がついたら作詞で忙しくなっていた、という何とも羨ましい限りの状況だったようです。

彼の手掛けた歌の総売上数(シングル)は、約6,800万枚だそうです。想像できますか?某雑誌にテリー伊藤さんが書かれていましたが、〝聞けば聞くほどいい歌〟だと絶賛しています。昭和を生きてきた人であれば、誰しも彼の作詞した歌に自分を重ねあわせて今でも口ずさんでいるのではないでしょうか? まさに、人の心を言葉で掴んで離さない素晴らしい作詞家であったのです。