映像 求人

マスコミ業界の転職は、チャンスをつかみ取るタイミングが大切です!
経験者も未経験者も、プロの転職コンサルタントがプロデュースします。

 

IT企業の営業職から転職

子どもの頃から大のテレビ好きっ子だったというHさん。ですが、就職はなぜかIT系の企業の営業職へ。3年ほど働いたあと、どうしてもテレビ業界で働きたいという思いが胸の内に湧いてきて、転職を決意したそうです。そして、制作会社のAP(アシスタントプロデューサー)にわずか半年で昇格。その後、現場でグングンと力をつけてゆき、プロデューサーに昇格しました。

「やっぱり人間というものは好きか嫌いかで動くものなのですよ。」と、Hさんはいいます。営業職に就いている間も、自身の中で楽しいと感じることにやはり力を注いできたそうです。思いきって転職したのも、異業種異職種で働いてみて、自分の本当に好きなものがはっきりとしたからだそうです。 そのビジョンが明確であったからこそ、猛スピードで目指すところにたどり着けたのではないか、と振り返って思うそうです。
プロデューサーとして、一番気になるのはやはり視聴率だそうで、放送された翌日には知ることになるのですが、胃がはりさけそうなな思いでいつもその数字と直面しているようです。「視聴率が悪ければ、向こう3日ぐらいずっとベッドで眠っていたい」と思う反面、自らを奮い立たせて、視聴率が上がるように壁をのりこえていくことこそがやりがいだと感じるといいます。 そしてまた、スタッフと一緒になって作り上げること、分かち合えることが何よりも財産だとHさんはいっています。

 

アニメを作りたいという明確な目的が成功へ

小学校の頃から児童文学やマンガが大好きで読みふけっていたというSさん。 大学卒業後、アニメ映画の制作会社にアルバイトとして入りました。ここでは事務の仕事をまかされていたのですが、働きながらも自分がプロデュースするアニメの番組が作りたい一心で、様々なマンガを読破し、ひたすら企画書を書き続けたそうです。 そうこうするうちに恋愛ドラマと同じく、アニメが大ヒットする時期にさしかかり、チャンスだとおもったSさんは、アシスタントディレクターとして現場へでれるように上司にお願いしたそうです。もちろん、書きためた企画書をもってプレゼンテーションもしました。

その熱意が伝わり、念願のアニメ制作の現場へ。そこで3年弱経験を積み、異例のアシスタントプロデューサーへと昇格してしまったのです。通常の順番ですと、この間にディレクターがはいるのですが、実力が認められたようです。 Sさんの場合、アニメをつくりたい!と目的がはっきりしていたのでプロデューサーへの道がスムーズに開けていった感があります。 現在Sさんが手掛ける番組は一部海外でも放送されており、外国語で書かれたファンレターも届くそうです。

 

チャンスは自分で生み出していくんだよ

Jさんは、もともと映画業界で脚本家として働いていました。子どもの頃から映画を作りたい!というM夢があったそうで迷うことなく映画業界に飛び込んでいったそうです。そして、後映画監督も務めることになるのですが、どうしても自分の好きな作品にであえないというのが、Jさんの悩みとしておおきくのしかかり、TV業界への転職を決意。『テレビならば、もっと自分を活かせるかもしれない』—そう思ったJさんは、映画業界とも深い関わりのあるテレビ業界の知り合いに自分を売りこんでいったそうです。

最初は、テレビ番組の脚本家から入り、手掛けた作品がヒット。次々に脚本の依頼を受けるようになります。 Jさんは、フリーで働きながら自身の事務所を設立します。TVプロデューサーと脚本(通常ディレクターや放送作家が担当する)を兼業し、今も活躍を続けています。 Jさんは、映画業界にいたときの手腕を活かし、作品でプレゼンテーションしていくことで念願のプロデューサーへと見事転職することができました。これぐらい自分を売り込む、という姿勢はぜひ真似したいものです。 『待っているだけではチャンスは来ない。だから自分で生み出していくんだ。』—これが、Jさんのサクセス名言です。

企画会議でのユニーク発言が認められ

プロデューサーへお願い

Oさんは、現在テレビドラマを主に担当する局所属のプロデューサーです。 もともと、某雑誌社の編集をやっており、25歳の時にマスコミ業界への転職を決意しました。 文章を書くのがもともと好きで、ADをしながらさまざまな企画書を書きため、脚本も同時に制作していました。『好きこそものの上手なれ』—これが転職に成功したOさんの名言です。

ADとして働いたのは半年ほど。作品を見て欲しいと、プロデューサーにお願いしたのが転機の始まりでした。 その作品でOさんの才能が見込まれて、そのプロデューサーが手掛けるテレビドラマの方で脚本をかいてみないかというお誘いがきました。最初は全体のストーリーの中の一話を担当しました。徐々に他の仕事でもプロデューサーからお声がかかるようになり、企画会議での発言などのユニークさが認められてアシスタントプロデューサーも兼業するようになります。

アシスタントプロデューサーをするうちに、全体をまとめていくプロデュ−ス業に惹かれるようになり、自然にプロデューサーへと転職。視聴率も上々に得ることができ、今ではますます自由にものづくりができるようになったとか。 『やはり、視聴率がすべてなんですよ。ひとつ結果をだせればそこから制約や予算の限界といった問題は解決されていきます。』—なるほど。ひとつ結果をだす。つまり高視聴率を獲得し、〝デキる〟という刻印をひとつつくれば、後は必然的に可能性が広がってくるということなのでしょう。

漫画好きな雑学も役立っている

現在、フリーランスのTVプロデューサーで活躍するFさんは、もともとは出版業界でコピーライターをしていたそうです。勤務して、1年で合わない!と感じ、あっさりやめて、テレビ局でのADのアルバイトへ転職。「ほんと、なんでもかんでも雑務と呼べることは、どの人に頼まれてもやってきましたね。それが、番組を作る上で誰がどのような仕事をして、役目をもっているのかということがしっかりと覚えられました。」と、AD時代を振り返っていいます。

もともと、テレビが特に好きであったわけではないのですが、コピーライターの仕事を経験してみて、もっと時間の流れを体で感じて、人と接せられる仕事に就きたいというのが、TVプロデューサーになった始まりだそうです。 ADとしてテレビ局に入り、ディレクターに昇格して、果てはプロデューサーと、順調に出世コースの階段を上ってきたFさんですが、入ってみてからテレビがすごく好きになったことが仕事でいい結果を出せた理由じゃないか、といいます。

「本やマンガが好きだったので、学生の頃から色々と手を出していて良かったなあと思います。その雑学のストックも今の仕事に活きています」、と一言。 やはり、好奇心旺盛で、何にでもどん欲に興味を抱ける人がTVプロデューサーに向いているのではないか、というのがFさんの意見です。Fさん自身もまさにそれを絵に描いたような方です。